【DX推進の処方箋 第1回】「DXとは何か?」――IT化との違いから始める最初の一歩
これは、ある会社の社長と技術士の、架空の会話です。
ある日、社長からこんな相談がありました。
社長「うちのDXは、どうなっているのかな?」
技術士「どうなっている、とはどういう面ででしょうか?」
社長は少し不思議そうな顔をしました。
社長「いや、うちには情報システム部門があるでしょう。この作業をもっと早くしたいとか、このExcelを自動化したいとか。そういう改善の相談に乗ってくれているでしょう?」
技術士「はい。その点は大丈夫です。」
社長「そうか。それなら、うちのDXもちゃんと進んでいるということじゃないのかね?」
技術士「社長、それは少し話が違うと思います……」
二人の会話は、どうも少し噛み合っていないようです。
さて、どこがおかしいのでしょうか。
社長が考えていた「DX」とは?
社長の頭の中には、おそらくこんなイメージがあったのではないでしょうか。
「社員が困っていることを、ITを使って便利にしていく」
これは、決して間違った考え方ではありません。
実際、Excelの作業を自動化したり、紙の書類を電子化したり、面倒な作業をシステムで省力化したりすることは、会社にとって大切なことです。
たとえば、こんな相談です。
- 「この計算を早くやりたいので、マクロを教えてほしい」
- 「このフォームを別のExcelに出したいので、いい関数はありませんか?」
- 「メールを一斉に出したいのですが、何かいい方法はありませんか?」
こうした仕事をITで便利にすることは、もちろん意味があります。
ただ、それを「DXそのもの」と考えてしまうと、少し違ってきます。
そもそもDXとは何なのか?
DXという言葉は、いろいろなところで使われています。
簡単に言えば、デジタル技術を使って、仕事のやり方や組織、さらにはビジネスそのものを変えていくことです。
単に「新しいシステムを入れる」という話ではありません。
大切なのは、
「デジタルを使って、会社をどう変えていくのか」
ということです。
ここを曖昧にしたまま、目の前の仕事を一つずつシステム化していくと、いつの間にか「IT導入」が目的になってしまいます。
DXを考えるときによく使われる3つの段階
DXについて考えるとき、よく次の3つの段階に分けて説明されます。
デジタイゼーション ― まずは電子化する
紙の情報をデジタルにする、といった段階です。
たとえば、
- 紙の書類をPDFにする
- 紙のタイムカードをPCやスマートフォンで記録する
- 紙で管理していた台帳をデータ化する
といったものです。
デジタライゼーション ― デジタルを使って仕事の流れを変える
デジタル化した情報を使って、仕事全体の流れを効率化していく段階です。
たとえば、Webで注文を受けた情報が、そのまま在庫管理や生産、会計などにつながっていく。
一つ一つの作業を便利にするだけではなく、仕事全体の流れを見ることがポイントになります。
DX ― 会社そのものを変えていく
さらにその先には、デジタルを前提として、新しいビジネスやサービス、組織のあり方を考える段階があります。
たとえば、車を「持つ」から、いつでもスマホで借りられるサービスへ。
DVDを「借りる」から、インターネットを通じて映像を楽しむサービスへ。
このように、デジタル技術によって、ビジネスそのものの形が変わることがあります。
では、先ほどの社長はどこを見ていたのでしょうか?
先ほどの社長が考えていたのは、おそらく一番手前の部分です。
「社員が困っている」
「この作業をもっと便利にしたい」
「Excelを自動化したい」
もちろん、こうした改善も必要です。
しかし、そこだけを見ていると、会社全体として「どこに向かいたいのか」が見えなくなってしまいます。
DXを考えるときには、目の前の仕事だけではなく、その仕事が会社の中でどんな目的や意味を持っているのかを見る必要があります。
「とりあえず電子化しよう」は、ちょっと待ってください
ここで、私自身の経験を一つ紹介します。
以前、仕事をしていたとき、机の周りにはたくさんの紙のファイルがありました。
「これを全部スキャンして電子化すれば、検索もできるし、キャビネットもいらなくなる。もしかすると、事務所のスペースだって小さくできるかもしれない」
そんなことを考えました。
ところが、実際にやってみると、そう簡単ではありませんでした。
紙のサイズが違う。
ホチキスで留めてある。
片面のものもあれば両面のものもある。
大きな図面もある。
そして何より、普段の仕事をしながら電子化作業をしなければなりません。
結局、作業には約1か月かかりました。
最後には、紙の量はコインロッカーに入るくらいまで減りました。
中には、改めて見てみると「これはもう必要ないな」と思って廃棄したものもありました。
ここで気づいたことがあります。
電子化する前に、電子化後の姿をイメージすることが大事
確かに時間はかかりましたが、電子化していい面もありました。
しかし、その反面、その電子データをサーバにきちんと保管しないといけないという新たな仕事が生まれました。
「紙だから電子化する」のではなく、そもそも、
- 電子化して何に利用しようとしているのか
- この書類は電子化する必要があるのか
- 誰が、いつ、何のために使っているのか
- そもそも、この書類が発生する仕事自体をなくせないのか
そこから考える必要があります。
「困っている仕事をシステム化すればいい」とは限らない
もう一つ、DXを考えるときに気をつけたいことがあります。
それは、困っている仕事を、そのままシステム化すればいいとは限らないということです。
たとえば、ある仕事を長年担当している人がいるとします。
その人は、仕事の流れをよく知っています。
「この場合はこうする」
「このデータはこう見ればいい」
「このケースだけは、いつもと違う」
そんな経験や判断を積み重ねて仕事をしています。
そこで、「この仕事をシステム化しましょう」となったとします。
一見すると、良い改善のように思えます。
ところが、その人しか分からない仕事のやり方を、そのままシステムの中に埋め込んでしまったらどうでしょうか。
その人が異動したら?
退職したら?
システムを修正したくなったら、誰が判断できるでしょうか。
つまり、
属人化した仕事や目の前の仕事をシステム化することは、会社全体の仕組みの中では弊害になってしまう可能性もあるのです。
やろうとしていることは、会社全体の仕組みにマッチするかという視点で考えることが大事です。
システム化する前に、仕事を俯瞰して見る
では、どうすればいいのでしょうか。
私は、システム化する前に、まず仕事そのものを大きな視点で見ることが大切だと思っています。
たとえば、こんなことを確認します。
- その仕事は、最終的にどこにつながるものか。
- その仕事は、組織として必要なものか。
- その仕事は、誰がやっているのか。
- なぜ、その手順になっているのか説明できるのか。
- 例外が発生したときには、どう対応するのか。
そして、順番としては、
- 仕事の内容を理解する
- 仕事の手順を整理する
- 必要のない仕事をなくす
- 誰がやっても同じようにできる形にする
- そのうえで、必要なところをシステム化する
という考え方ができます。
もちろん、すべての仕事がこの順番でなければならない、ということではありません。
ただ、
「システム化できるから、システム化する」
ではなく、
「会社にとって良い仕事の形を考え、そのために必要ならシステム化する」
という視点は大切だと思います。
電子化することと、仕事を良くすることは同じではありません
ここまでの話を整理してみます。
紙をPDFにする。Excelを自動化する。システムを導入する。AIを使う。
どれも、会社を良くするための手段ですが、それ自体が目的ではありません。
大切なのは、その先です。
「この仕事は、もっと良くならないだろうか」
「社員がもっと力を発揮できる仕事の形にできないだろうか」
「会社として、もっと良い仕事ができないだろうか」
そう考えた結果として、ITやAIを使う。それがDXを考えるときの一つの出発点です。
では、結局何から始めればいいのか?
ここまで読んで、「では、結局うちの会社は何をすればいいの?」と思われたかもしれません。
AI、クラウド、システム刷新……。DXという言葉を聞くと難しく感じてしまいますが、いきなりデジタルやシステムのことを考える必要はありません。
まずは、会社の中を見てみることです。
「会社の中に何か問題はないかな」
「このやり方は、これからも続けていいのかな」
そんな小さな疑問から始めてもいいのだと思います。
会社としてこれからどうなりたいのか。
会社の「今」と「なりたい姿」の間にあるギャップを見てみる。そこから、必要なITやAIを考えていけばいいのではないでしょうか。
次回は、「では、うちの会社は何から始めればいい?」
DXについて調べていると、どうしても「DXとは何か」「どんな技術があるか」という話が中心になります。
でも、会社の側からすると、本当に知りたいのはもっと身近なことなのかもしれません。
「では、うちの会社は、何から始めればいいの?」
次回は、そんな疑問について、もう少し具体的に考えてみたいと思います。

