【DX推進の処方箋 第3回】「ビジョンが決まったら」――現場を巻き込み想いを共有するステップ
これは、ある会社の社長と技術士の、架空の会話です。
社長「前回、会社のビジョンを考えることが、DXの出発点だという話だったね。」
技術士「はい。会社がこれからどこへ向かいたいのか。それを考えることが最初の一歩です。」
社長「うちの会社についても、考えてみたよ。」
技術士「それはいいですね。では、社員の皆さんには伝えましたか?」
社長「いや、まだだよ。まずは自分の中で整理したところだからね。」
技術士「なるほど。では、次はそこですね。」
社長「え? もうDXの話を始めるんじゃないのか?」
技術士「これもDXの一部ですよ。」
ビジョンは、社長だけが知っていても会社は変わらない
社長が会社の未来を考え、ビジョンを決める。
これは、とても大切なことです。
でも、そこで終わってしまうと、ビジョンは「社長の頭の中にある未来」のままです。
例えば、社長が、
「これからは、お客様にもっと喜んでもらえる会社にしたい」
と考えていたとします。
ところが、そのことを社員が知らなければ、社員は今までと同じように仕事をします。
もちろん、それは社員が悪いわけではありません。
会社がどこへ向かおうとしているのかを知らなければ、今までのやり方で仕事をするのは当然です。
だからこそ、まずは「会社はこれから、どこへ向かうのか」を社員に伝えることが大切なのです。
社員全員に「理解してもらう」必要はない
社長「でも、ビジョンを発表したからといって、社員全員が賛成してくれるとは限らないだろう?」
技術士「もちろんです。」
社長「それでいいのか?」
技術士「私は、まずは知ってもらうことが大切だと思います。」
社長が熱く会社の未来を語ったとしても、社員全員が同じように受け止めるとは限りません。
「社長はそう考えているんだな」
最初は、それくらいでもいいのです。
大切なのは、社員が、
「この会社は、これからこういう方向を目指しているんだ」
と知っていることです。
そこから、日々の仕事の中で少しずつ、ビジョンとのつながりが見えてくることがあります。
「何を目指すか」だけでなく、「なぜ」を伝える
ビジョンを伝えるときに、もう一つ大切なことがあります。
それは、「なぜ、その方向を目指すのか」を伝えることです。
例えば、
「売上を1.5倍にする」
という目標だけを伝えられても、社員からすると、単なる会社の数字に見えるかもしれません。
それよりも、
「私たちは、お客様から『この会社に頼んでよかった』と言ってもらえる会社を目指したい。そのために、お客様への対応をもっと良くしていきたい。」
と伝えたほうが、会社が向かおうとしている方向をイメージしやすくなります。
もちろん、会社によってビジョンは違います。
大切なのは、きれいな言葉を作ることではありません。
「なぜ、私たちはこの方向へ進むのか?」
その理由を、社長自身の言葉で伝えることです。
ビジョンは「仕事を変えるときの物差し」になる
ここまで来ると、ビジョンとDXが少しずつつながってきます。
例えば、
「お客様にもっと喜んでもらえる会社にしたい」
という方向が社員と共有されていたとします。
すると、日々の仕事についても、こんな問いが生まれてきます。
「この仕事は、本当にお客様のためになっているだろうか?」
あるいは、
「お客様への対応をもっと良くするために、どうすればいいだろうか?」
という見方もできます。
「社員がもっと力を発揮できる会社にしたい」という方向なら、
「社員が本来の仕事に集中することを邪魔しているものはないだろうか?」
と考えることもできます。
つまり、ビジョンは額縁に入れて飾っておくものではありません。
これから仕事をどう変えていくかを考えるための「物差し」にもなるのです。
そして、会社の中を見てみる
社長「なるほど。ビジョンを決めて、社員に伝える。それが大事なんだね。」
技術士「はい。ここからがスタートです。」
社長「じゃあ、次は何をする?」
技術士「では、そのビジョンから見て、今の会社の仕事はどうなっているでしょう?」
社長「今の仕事?」
技術士「はい。会社の中を見てみましょう。」
会社には、長年続いている仕事があります。
紙で行っている仕事。
Excelで管理している仕事。
メールでやり取りしている仕事。
担当者しか分からない仕事。
「昔からこうやっているから」という理由だけで続いている仕事もあるかもしれません。
でも、それらを一つひとつ見ていくと、
「この仕事は、本当に今の会社に必要なのだろうか?」
という疑問が出てくることがあります。
そして、そこにDXのヒントが隠れていることがあります。
ビジョンを決めたら、すぐにシステムを探さない
ここまで読んで、
「では、ビジョンを決めて、社員に伝えたら、次はシステムを探せばいいんだな」
と思われたかもしれません。
でも、もう少し待ってください。
大切なのは、システムを探すことではありません。
まずは、「今の会社では、どんな仕事が行われているのか」を知ることです。
そして、
「会社が目指す未来に向かうために、変えたほうがいい仕事はどこなのか?」
を考える。
その仕事が見えてきたところで、初めてITやAIが選択肢に入ってきます。
今回のまとめ
DXを始めるとき、ビジョンを決めることは大切です。
でも、ビジョンは社長だけが知っていても、会社全体の方向にはなりません。
まずは社員に伝える。
全員に納得してもらう必要はありません。
「会社は、これからこの方向へ進む」
そのことを社員と共有することから始めます。
そして、そのビジョンを「仕事を変えるときの物差し」にする。
そうすると、今まで当たり前だと思っていた仕事についても、違った見方ができるようになります。
「この仕事は、会社が目指す未来につながっているだろうか?」
そんな問いから、DXが始まるのかもしれません。
次回は、いよいよ会社の中に入って、「では、どこから手をつければいい?」を一緒に考えていきたいと思います。

